桑野通子と桑野みゆきの伝説
わずか31歳で夭逝した戦前の銀幕スター・桑野通子と、その娘で、1960年代に活躍した女優・桑野みゆきを特集します。
桑野通子は、当時流行の最先端だったダンスホールの人気ダンサー出身。当時の映画界では、芸者やダンサー出身の女優は珍しくありませんでした。その頃の松竹では、小市民映画で活躍した庶民派・田中絹代がトップ女優として君臨していましたが、通子は日本人離れした抜群のスタイルと都会的な美貌を生かして、高峰三枝子、高杉早苗と並ぶ次世代のスターとして注目を集め、戦前の大船を代表する女優の一人となりました。
一方、幼くして母を亡くした娘・みゆきは、幼少期より女優の道を期待されて育ち、母親譲りの愛らしい容姿から、1958年『野を駈ける少女』など思春期ものに主演、清純派少女スターとして頭角を現します。しかし、19歳で主演した、映画界に新しいムーヴメントをもたらした"松竹ヌーヴェルヴァーグ"の記念碑的作品『青春残酷物語』での体当たりの演技が高く評価されます。清純派の殻を破ることにより、時代を象徴する女優の一人として、その地位を確立したのです。
異なる時代を生きた母と娘。二人の女優は、奇しくもそれぞれ、映画界の転換期に、新時代の女優として注目された存在となりました。いわば、映画史において重要な二人の女優が、偶然にも母娘だったといっても過言ではありません。
今回は、現存する貴重なフィルムを含む二人の代表作を上映し、桑野通子・みゆき母娘の儚くも眩い女優人生を振り返ります。
*桑野通子出演作
*桑野みゆき出演作
『有りがたうさん』 昭和11年 白黒 監督:清水宏 出演:上原謙、桑野通子、河村黎吉、石山隆嗣、仲英之助
『夜の片鱗』 昭和39年 カラー 監督:中村登 出演:桑野みゆき、平幹二朗、園井啓介、木村功、千石規子、菅原文太
『日本脱出』 昭和39年 カラー 監督:吉田喜重 出演:鈴木やすし、桑野みゆき、待田京介、坂本スミ子、市原悦子
『ハイ・ティーン』 昭和34年 白黒 監督:井上和男 出演:佐田啓二、桑野みゆき、三上真一郎、瞳麗子、東野英治郎
『家族會議』 昭和11年 白黒 監督:島津保次郎 出演:佐分利信、及川道子、桑野通子、高田浩吉、高杉早苗 *16mm上映
『戸田家の兄妹』 昭和16年 白黒 監督:小津安二郎 出演:佐分利信、高峰三枝子、葛城文子、桑野通子、吉川満子
『彼岸花』 昭和33年 カラー 監督:小津安二郎 出演:佐分利信、田中絹代、有馬稲子、佐田啓二、山本富士子、久我美子、桑野みゆき
『大根と人参』 昭和40年 カラー 監督:渋谷実 出演:笠智衆、乙羽信子、加賀まりこ、桑野みゆき、岩下志麻、岡田茉莉子
『愛染かつら』[総集篇] 昭和13、14年 白黒 監督:野村浩将 出演:田中絹代、上原謙、佐分利信、桑野通子、水戸光子
『青春残酷物語』 昭和35年 カラー 監督:大島渚 出演:桑野みゆき、川津祐介、久我美子、渡辺文雄、小林トシ子
『ぜったい多数』 昭和40年 カラー 監督:中村登 出演:桑野みゆき、田村正和、伊藤孝雄、吉村実子、石立鉄男
『馬鹿まるだし』 昭和39年 カラー 監督:山田洋次 出演:ハナ肇、桑野みゆき、花沢徳衛、犬塚弘、桜井センリ
『淑女は何を忘れたか』 昭和12年 白黒 監督:小津安二郎 出演:栗島すみ子、桑野通子、斎藤達雄、佐野周二、吉川満子
『秋日和』 昭和35年 カラー 監督:小津安二郎 出演:原節子、佐分利信、司葉子、岡田茉莉子、中村伸郎、北竜二、佐田啓二、桑野みゆき
『離愁』 昭和35年 カラー 監督:大庭秀雄 出演:岡田茉莉子、佐田啓二、桑野みゆき、山本豊三、三宅邦子
『恋の画集』 昭和36年 白黒 監督:野村芳太郎 出演:桑野みゆき、川津祐介、佐野周二、藤間紫、鳳八千代
■桑野通子・くわのみちこ■1915年、東京生まれ。三田高等女学校卒業後、森永製菓に入社し、初代スイートガールとなる。その後、ダンスホール「フロリダ」のダンサーをしていたところをスカウトされ、松竹に入社。1934年、清水宏監督『金環蝕』でデビューを飾り、以後、清水をはじめ、島津保次郎、小津安二郎ら人気監督の作品の常連となる。1941年、長女・みゆきを出産。1946年、溝口健二監督の戦後第一作『女性の勝利』撮影中に病に倒れ、急逝。享年31歳。
■桑野みゆき・くわのみゆき■1942年、女優・桑野通子の長女として東京に生まれる。1954年、日活映画『緑はるかに』のオーディションに参加、13歳で銀幕デビュー。1958年、井上和男監督『野を駈ける少女』『明日をつくる少女』と主演作が連続公開され、同年『彼岸花』で小津作品に初参加。1960年、代表作となる大島渚監督『青春残酷物語』に主演。松竹メロドラマを中心に100本を越える映画に出演した。1967年、結婚を機に引退。