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2016.2.17

日本と台湾を再び結びつけた奇跡の実話! 『この手紙、とどけ! 106歳の日本人教師が88歳の台湾人生徒と再会するまで』

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日本と台湾を再び結びつけた奇跡の実話! 『この手紙、とどけ! 106歳の日本人教師が88歳の台湾人生徒と再会するまで』

「なんだか手紙の存在が心に引っかかったんです。日本から届いた毛筆で書かれた分厚い手紙でした。それを返してしまうのは、何かいけないことをしているような気がしたんです」(台湾・烏日郵便局に勤める郭さん)

 

 2015年1月、台湾で大ヒットした映画『KANO 1931海の向こうの甲子園』が日本で封切られた。日本統治時代の1931年に、台湾から甲子園の高校野球大会(当時は中等学校野球大会)の決勝に出場した嘉義農林学校野球部の実話を基にした作品で、日本人監督と部員たちの交流を描いた感動作だ。

 80年近く前、台湾・台中で教師をしていた高木波恵さんは、この映画の公開をきっかけに古い記憶が呼び起こされた。「そうだ、かつての教え子たちに手紙を出してみよう」。目の悪くなった高木さんは娘に代筆してもらい、日本統治時代の教え子たちの住所に手紙を出す。ところが、今は存在しない住所のため、台湾・烏日郵便局で配達は止まっていた。台湾でも、宛先不明の郵便物は日本同様、送り主の住所に送り返す規則になっていたが、冒頭の郵便局員・郭さんの琴線にふれ、奇跡が起こる!

 

「高木先生の手紙はやっとのことで生徒のもとに届き、今日の感動的な日を迎えることができました」(台中市長)。

「80年近く昔の生徒たちは、今はもう90歳近い、おじいさん、おばあさんになりました。今日は世紀を越え、国境を越えて師弟愛を見ることになります。高木先生のかつての教育とご指導は、今も私たちは忘れておりません」(現在の烏日小学校校長)。

 インターネットを使ったTV電話で再会をはたした、かつての先生と教え子。この出来事は台湾でも大きく報道され話題になった。本書『この手紙、とどけ!』の著者・西谷氏は一軒一軒関係者を訪ね歩き、この日本と台湾を結びつけた再会劇を丁寧に紡いだ。今も続く"繋がり"と"絆"に、心打たれる感動の実話!

 

『この手紙、とどけ!

106歳の日本人教師が88歳の台湾人生徒と再会するまで』

著/西谷 格

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