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2019.11.18
第6回『タスキメシ 箱根』:箱根駅伝100年! 胸熱スポーツ小説決定版第2弾発売!! 全6回連載
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その日の朝食は、ご飯と、豆腐とわかめの味噌汁と、そぼろ入り厚焼き卵と、キャベツの胡麻和えだった。大勢でひたすらキャベツを千切ったかいあって、一日では食べ切れないほどの胡麻和えができた。食後にはくし切りオレンジまで出てきた。前日までは切るのが面倒だからと固い皮を手で剥いて囓っていたのに、凄い変わり様だ。
キャベツの胡麻和えは、早馬の言う通り美味しかった。胡麻が甘くて、キャベツの歯ごたえは軽快で噛んでいて楽しくて、染み出る水分が甘かった。春のキャベツは甘いものらしい、なんて、大学四年になってやっと知った気がした。
なんとなく、このキャベツの胡麻和えのことは、しばらく覚えているんじゃないかと思った。どうしてかはわからない。多分、これを作った人との出会いが、とても奇妙だったからだ。花が咲くはずのなかった木に、ある日突然真っ白な花がたくさん咲いて面食らったような、そんな気分だ。
食堂に集まった部員と館野が美味い美味いと箸を動かすのを、カウンターに頬杖を突いて早馬が満足そうに眺めている。
「なあ、千早。あの人の名前、眞家早馬って言ったよな」
隣の席で箸を動かしながら、森本は千早と同じ方向を眺めていた。凝視していた、という方が近い。
「ああ、《眞家早馬》って自分で言ってたけど」
改めて彼のフルネームを口にして、喉の奥に奇妙な引っかかりを覚えた。甘いと思って食べたオレンジが、ちょっと酸っぱかったみたいな違和感だった。
その正体を、森本がすぐに提示してくれた。
「もしかして、眞家春馬の兄弟だったりしない?」
持ち上げかけた箸を、堪らず茶碗に戻した。まじまじと、おかわりをしに来た部員にご飯をよそってやっている早馬を見る。穏やかに笑うその顔を、穴が開くほど見つめた。
二〇一九年、三月三十一日。
仙波千早の大学生活最後の一年が始まる、前日のことだった。
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