日本美術全集

全20巻

日本の心が紡いできた比類なき「美」。「日本美術全集 全20巻」。今、日本に存在する「最高の美」のすべてがここに。

第3回配本 宗達・光琳と桂離宮(江戸時代Ⅱ)

 
責任編集/安村敏信(前板橋区立美術館館長)
定価本体15,000円+税
ISBN9784096011133
判型・仕組B4判/288 頁
カラー図版口絵144ページ・カラー図版両観音16ページ
モノクロ解説ページ128ページ/上製・函入り/各巻月報付き

もくじ

  • はじめに 安村敏信(前板橋区立美術館館長)
  • 宗達・光琳と抱一派 安村敏信(前板橋区立美術館館長)
  • 琳派と漆工Ⅰ――本阿弥光悦・尾形光琳 永田智世(目白漆芸文化財研究所研究員)
  • 琳派と漆工Ⅱ――原羊遊斎 小林祐子(三井記念美術館学芸員)
  • 光悦から乾山へ――雅遊の陶の系譜 荒川正明(学習院大学文学部哲学科教授)
  • 桂離宮――近世宮廷建築の美意識 光井 渉(東京藝術大学美術学部建築科准教授)
  • コラム/「光琳模様」の流布 松尾知子(千葉市美術館学芸員)
  • コラム/江戸漆工の革新者――小川破笠 小林祐子(三井記念美術館学芸員)
  • コラム/仁清と京焼――綺麗さびの造形 荒川正明(学習院大学文学部哲学科教授)
  • コラム/光琳の『燕子花図屏風』金箔地制作について 野口 康(「箔屋野口」四代目当主)
  • コラム/琳派 時を駆ける 安村敏信(前板橋区立美術館館長)

概要

タイトルどおり、俵屋宗達と尾形光琳を中心とする「琳派」の系譜に連なる作品を掲載しています。しかし、近年、注目を集める画師・酒井抱一と鈴木其一の作品もしっかり扱いたい、さらに琳派的美意識をみごとに立体化した工芸作品や建築物も――と欲張った結果、掲載図版点数は140点を超えました。

ざっと図版ページの章立てを見てもらいましょう。

  • 第一章:俵屋宗達
  • 第二章:尾形光琳
  • 第三章:琳派の漆芸と陶芸
  • 第四章:酒井抱一
  • 第五章:桂離宮

一、二章では琳派の巨頭である宗達&光琳を、三章では本阿弥光悦、尾形乾山、野々村仁清らを、四章では「江戸琳派」とも呼ばれる抱一&其一らを、五章では同じ時代に造られ当時の宮廷文化の美意識を反映させた建築物を取り上げています。ほぼ制作時代順に並べられていますので、ページをめくるごとに、「琳派」に代表される日本人の美的感覚の流れを実感できると思います。

注目点

<見どころ>
この全集では、各巻に必ず「観音開き」と呼ばれる4ページぶち抜き構成のページが2箇所、用意されています。つまり、「観音開き」に選ばれる作品は、その巻の最大の見どころと言えるでしょう。本巻では、俵屋宗達の『槇檜図屏風(まきひのきずびょうぶ)』(石川県立美術館蔵)と鈴木其一の『朝顔図屏風(あさがおずびょうぶ)』(アメリカ・メトロポリタン美術館蔵)をもってきました。いわば、琳派の基礎を築いた親分と、親分に私淑しながらもオリジナルな“オレ流”を築き上げた優秀な弟子の名作を取り上げたわけです。

六曲一隻の『槇檜図屏風』は、大きなサイズで見てこそ、その魅力が味わえる作品だと思います。六扇中、二扇だけに樹木を描いた大胆な構図、全面に大小微細な金切箔が蒔きつくされ、その上から濃淡の墨で描かれた葉……。そして六曲一双の『朝顔図屏風』は、金屏風全面にひたすら朝顔だけが乱舞! その数ざっと150輪あまり。実寸で直径15㎝というスケール感をなんとか画面から浮き立たせられないかと、全図と部分拡大で計6ページも使ってしまいました。

第三章においては、工芸作品も多々取り上げました。なかでもおすすめは、野々村仁清の『銹絵白鷺香炉(さびえしらさぎこうろ)』(東京・静嘉堂文庫美術館蔵)です。仁清といえば国宝『色絵雉香炉(いろえきじこうろ)』(石川県立美術館蔵、これも掲載)を代表とする色絵装飾が有名ですが、この白一色の白鷺がすっと首を伸ばし天を仰ぐ作品も見事!です。同時に『銹絵富士山香炉(さびえふじさんこうろ)』(東京・畠山記念館蔵)も同ページに掲載しておりますが、この3点を見るだけで、仁清のワザの広がりが感じられるでしょう。

ちなみに、本巻ではアメリカのメトロポリタン美術館、ボストン美術館、クリーヴランド美術館など海外で所持されている作品も多数掲載しましたが、その中の一つ『雷神図屏風』(クリーヴランド美術館蔵)が来日します。東京国立博物館にて、2014年1月15日から始まる「クリーブランド美術館展─名画でたどる日本の美」(平成館)でぜひご覧になってください。明らかに建仁寺蔵『風神雷神図屏風』の雷神に倣ったものですが、図様は変形しており、いつごろ、どういう立場の人が描いたのか……どうぞ本巻の作品解説をじっくり読んでから、向き合ってみてください。

<読みどころ>
ひとことで「琳派」といっても、その系譜がどこから始まり、どこで昇華され、現在の美術作品に繋がっているのかをきちんと把握している人は少ないかもしれません。実際のところ、祖と呼ばれる俵屋宗達についての具体的なプロフィールはいまだわかっておりませんし、そもそも狩野派のように代々お家芸として技術が伝承されたわけではなく、画師と画師を繋ぐのは“私淑”(直接に教えは受けないが、その人を師と考え模範として学ぶ)の関係のみです。江戸時代後期に江戸の地で活躍した酒井抱一らはその出身地を取って「江戸琳派」と呼ばれていますが、作品を一見しただけでは「どこが宗達・光琳の影響を受けているのか」は見抜けません(あまりに“オレ流”がスゴ過ぎて、そちらにばかり目がいってしまうのです)。

だからこそ、監修・安村敏信氏が寄せた文章『宗達・光琳と抱一派』を読んでいただきたいのです。安村氏は大学院修了後以降、東京都の板橋区立美術館に今春まで勤められた“ザ・学芸員”。子どもから大人まで楽しめるユニークな企画展を多数開催し、美術館ビジネスの改革者と表される人物です。作品一つ一つの魅力と見方をどうやって伝えるか、自由に楽しませられるか――その視点を大事にされてきた方ですから、じつにわかりやすい! 俵屋宗達→尾形光琳→酒井抱一→鈴木其一の有機的関係がすんなりと頭に入り、作品の背景にあるストーリーが掴めます。もちろん、最新の知見も盛り込まれていますので、プロの美術家にとっても読み応えがあるものになっています。どうぞ、カラー図版ページをいったりきたりしながら読んでみてください。新たな発見に出遭えると思います。

(編集担当・竹下亜紀)

 全集において、カラー図版のビジュアルをいかに“見せる”かがキモであることは当然ですが、同じくらいに重要な位置を占めるのが「図版解説」だと思います。
 責任編集が、当時の板橋区立美術館館長・安村敏信氏に決まったと同時に、安村氏と「解説文を誰に書いていただくか」を話し合いました。琳派関係の作品において安村氏から提案された執筆陣は、陶芸を担当される荒川正明氏(第10巻『黄金とわび』責任編集)をのぞき、「若手」と呼ばれるアラフォーの学芸員や研究者たち。正直いって、どれだけの完成度をもった文章がそろうかは、一種の賭けでした。
 ざっと、執筆者たちを紹介しましょう。

●松尾知子(まつおともこ)さん
準備室から千葉市美術館に関わる学芸員。過去に「祝福された四季 ―近世日本絵画の諸相」、「伝説の浮世絵開祖 岩佐又兵衛」、「田中一村 新たなる全貌」などの展覧会を企画。著書に『酒井抱一と江戸琳派の変貌』(共著、求龍堂)などがあります。なんと約100本の解説を執筆していただきました。

●永田智世(ながたともよ)さん
財団法人目白漆芸文化財研究所研究員。学生時代は古代史が専門でしたが、ある工芸作品に魅せられたのを機に大学院で漆芸を学び、現在は人間国宝・室瀬和美氏が文化財修復のために設立した同研究所に所属。著書に『別冊太陽163 幕末・明治に咲いた漆芸の超絶技巧 柴田是真』(共著、平凡社)、『漆工辞典』(共著、角川学芸出版)などがあります。

●小林祐子(こばやしゆうこ)さん
財団法人三井記念美術館学芸員。明治学院大学などで教鞭を執り、主要論文に『原羊遊斎と江戸琳派の蒔絵制作について――蒔絵師とデザイナーの関係』があります(『MUSEUM』一九九八年五五七号掲載)。

 偶然か安村氏のお人柄か、3人ともなんとも気っぷのいい美女ぞろい。彼女たちには、原稿を書いていただくだけでなく、掲載作品をどれにするかについてもアドバイスいただき、何度もやり直した印刷校正では、色味が正しく出ているか、逆に出過ぎてはいないかどうかなどの点も細かくチェックしていただきました。その過程で彼女たちの口から出てきた、なんとも忘れがたい“ひと言”を振り返りたく思います。

「展覧会中は、そのテーマについて、日本でいちばん理解しているヒトになります。ならなきゃいけないんです」(松尾知子氏)

――松尾さんは、おひとりで約100本の原稿を執筆。今だから言えますが、締切ギリギリの進行で、何度も冷や汗をかかされました (>.<)y-~。ほぼ強制に近い形で土日の編集部に来ていただいて打ち合わせをしたり、平日の夕方から明け方近くまで編集部に拉致し、いや缶詰になっていただき、一緒に校正作業をしたり・・・・・と、ずいぶん無理をさせてしまった記憶があります。そんなキツイ進行ではありましたが、上がってくる原稿はじつに精度が高く、日本語としても美しく、背中の冷や汗がすーっと引いてしまうものでした。上記は、その彼女から出てきたひと言。たぶん、夜中の編集部にて、ちょっとコーヒーブレイクしたときのものだったか。自分が企画する展覧会にどれだけの熱意を注いでいるか、どれだけの責任感を持っているかをうかがわせるひと言に、ハッとさせられた瞬間でした。

「まだ分かりにくいですか? 分かっていただくまで書き直しますから」(永田智世氏)

――永田さんには、工芸作品の一部の作品解説、そして論考も担当していただきました。テーマは「琳派と漆工Ⅰ――本阿弥光悦・尾形光琳」。作品としては見目麗しいこれらは、美術史学的にはなんとも錯綜していて分かりにくい世界です。「ここをこういうふうに言い換えてはどうでしょう?」「こういうふうに解釈してもいいですか?」「こことここ、ほかに言い方はないでしょうか」……そんな細かい質問や相談を、何度繰り返したことか。そのたびに、永田さんからは上記の言葉が返ってきました。
 私は、永田さんの師匠であり漆芸家の人間国宝・室瀬和美氏が講師を務める体験教室に参加したことがあります。漆芸の一端を体験してみるという、たいへん人気のある講座です。そのとき、永田さんも講師のアシストをされていたのですが、参加者(私を含め素人ばかり)の拙い質問に対し一生懸命に対応されていたのが印象的でした。モノクロのスーツがビシッとキマるクールビューティーなだけに、そのギャップがなんとも萌え…いやカッコよくて。あー、この人はウルシを愛してるんだな-。もっとこの人からウルシのことを教えてもらいたい。そんな思いを強くしたのです。

「学生に対しても、読者に対しても、作品の魅力や背景を明快に伝えるのが私の役目です」(小林祐子氏)

――ある一件で相談にうかがったとき、小林さんの口から出たひと言。そんなオトコマエな姿勢は、担当された蒔絵作品の解説や、論考「琳派と漆工Ⅱ――原羊遊斎」、コラム「江戸漆工の革新者――小川破笠」にもあらわれています。いかに、書く(伝える、教える)か。どの挿図をもってくれば、より理解を促せるか。図版の色味はイメージに沿っているか。角度はこれでよいのか。それらを最後の最後まで検証し、しつこく意見し、こちらの質問にも丁寧に応えてくださいました。「私の役目」……なんてかっけー言葉なんだ! 使う人によっては気障に聞こえてしまうかもしれませんが、小林さんが放つとじつに自然に受け止められるのです。三井記念美術館のある日本橋から編集部への帰り道、小林さんのオトコマエ発言に勇気づけられ(背中をどつかれ?)「よし、もうひと頑張りするか!」と気分を上げたこともありました。

 日本美術のすばらしさを後世に残すべく、私たちはこの全集を発刊しています。一巻一巻をつくりあげるのは、作品の図版だけでなく、その作品に何百年も宿ってきたストーリーの語り手である、彼女たちです。その思いを、作り終えた今だからこそ、強く実感しています。

(編集担当・竹下亜紀)