日本美術全集

全20巻

日本の心が紡いできた比類なき「美」。「日本美術全集 全20巻」。今、日本に存在する「最高の美」のすべてがここに。

第14回配本 東アジアのなかの日本美術(テーマ巻①)

 
責任編集/板倉聖哲(東京大学教授)
定価本体15,000円+税
ISBN9784096011065
判型・仕組B4判/296頁
カラー図版口絵144ページ・カラー図版両観音16ページ
モノクロ解説ページ136ページ/上製・函入り/月報付き

もくじ

  • はじめに 板倉聖哲(東京大学教授)
  • 日本が見た東アジア美術──書画コレクション史の視点から 板倉聖哲(東京大学教授)
  • 北宋文物の流通とその受容の場──宋、高麗、日本の比較から 塚本麿充(東京国立博物館研究員)
  • 中国の文人画と日本の南画 佐藤康宏(東京大学教授)
  • コラム/正倉院宝物の形成と布施の実践 稲本泰生(京都大学准教授)
  • コラム/文物から見た日中僧俗ネットワーク──京都・泉涌寺を例として 西谷 功(泉涌寺宝物館学芸員)
  • コラム/唐物の至宝──曜変天目の在りし場所 長谷川祥子(静嘉堂文庫美術館主任学芸員)
  • コラム/青磁と日本 今井 敦(文化庁 文化財調査官)
  • コラム/江戸時代の中国絵画受容と八代将軍吉宗が果たした役割 杉本欣久(黒川古文化研究所研究員)
  • コラム/石濤への憧れとその実際──大正後期の「解衣社」の画家たちをめぐって 呉 孟晋(京都国立博物館研究員)

概要

この巻は本全集20巻のうち「テーマ巻」と称する2冊の1冊で、時代の枠を超え、古代から近代までに日本に伝来した東アジアの書画・工芸・彫刻を取り上げます。日本美術の担い手たちがどのように東アジア美術を選択し、受け入れ、また、変えていったかを知ることによって、日本美術の本質に迫ることができるのではないだろうか──。これが、本巻のねらいです。
掲載作品は7世紀から20世紀に渡る中国・朝鮮の美術を中心とし、各時代の日本美術を比較の対象として紹介します。カラー図版160余点を収載。

注目点

図版ページの章立てに添って、見どころの一部をご紹介します。

第一章 憧憬の唐宋文化
この章では、唐物への強い憧れを反映する奈良時代の正倉院宝物の一部と、仏教美術の請来品を中心に、図版を構成しています。
「書聖」王羲之の書『喪乱帖』『孔侍中帖』『妹至帖』ほか、近年発見された『大報帖』(いずれも唐時代の搨摸本〔とうもほん〕)に始まり、京都・清凉寺の『釈迦如来立像』とその納入品、仁和寺に伝わる『孔雀明王像』、経巻ほか30余点を掲載。そのうち、比較の対象としての日本美術は『高松塚古墳壁画』『鳥毛立女屏風』『普賢菩薩像』など。

第二章 古典としての宋元美術
室町時代になると、足利将軍家のコレクションである「東山御物」は、その当時から200年ほど遡る南宋時代の絵画や工芸品を珍重します。また、日中の僧侶の交流がもたらした書画や、いまとなっては日本でしか見ることのできないやきものの名品も宋元美術の至宝といえるでしょう。
徽宗(款)『桃鳩図』、胡直夫と徽宗の作と伝えられた『夏・秋冬景山水図』、梁楷筆『出山釈迦図』『雪景山水図』、李迪筆『紅白芙蓉図』、東洋第一の名画と謳われる牧谿筆『観音猿鶴図』、世界にただ三碗、日本にのみ遺る『曜変天目』ほか龍泉窯の青磁、高麗王朝の工芸と仏画など70余点。日本美術では明兆筆『五百羅漢図』『蝦蟇鉄枴図』、雪舟筆『倣玉澗山水図』、足利義持筆『寒山図』ほか。

第三章  新たな美としての明清美術
江戸時代中期以降は、文人画や黄檗宗の文化が「新たな美」として受け入れられます。朝鮮王朝との活発な外交も、美術面に大きく作用しました。中国・日本の双方に属した琉球の絵画も含む、変化に富んだ最終章です。
文正筆『鳴鶴図』、伊藤若冲筆『白鶴図』、戴進筆『春冬景山水図』、雪舟筆『四季山水図』、藍瑛筆『秋景山水図』、谷文晁筆『秋景山水図摸本』、李珩筆『凍雲欲雪図』、浦上玉堂筆『山霊出雨図』『山渓欲雪図』、富岡鉄斎筆『前赤壁図』ほか約60点。

(編集担当・岩崎方子)

 本全集の巻立ては時代別が基本となっていますが、このテーマ巻で取り上げる作品は4世紀(実際には7〜8世紀の摸本)から20世紀と、永い時代の幅があり、しかも日本美術に限らず、中国・朝鮮そして琉球の書画と彫刻および工芸などと広範囲にわたっています。このたびの編集作業の大きな苦労のひとつが、カラー図版の「色」でした。これはどの巻においても皆が苦心することですが、時代別であれば、その時代の美術品の特性を表わす色や雰囲気を念頭において、目標値をあらかじめ造ることも、場合によっては可能です。しかし、今回はそのようには参りません。そのうえ「絹地」に「墨」という、色の再現が特に難しい作品が数多くありました。実際、印刷の現場からも「これまでの巻で、今回がいちばん難しい」との本音が聞こえてきました。

「色」の道に精進!

 全集の刊行開始にあたって読者の方々にこのシリーズの特徴を伝えるために、次のような一文を掲げてあります。

「作品のすばらしさを忠実に再現するために、必要に応じて新撮に努めるが、日本中の美術写真家のこれまでの膨大な成果を最大限に活用し、それぞれの作品におけるベスト画像を掲載する」

 撮影する場所の環境によっては、新規に撮影した写真がいちばん良いとは必ずしも言えません。そもそも、今となっては撮影すること自体が不可能という場合も少なくなく、そこで、「これまでの膨大な成果を最大限に活用」するために、原稿(=写真)集めが始まります。
 幸いに、小学館には『世界美術大全集 東洋編』(全17巻)刊行時に撮り下ろした写真のストックがありますので、それを選び出す作業を最初にしました。今回の編集担当の「相棒」は、美術書編集の大ベテランである大島正人さん。経験と知識が豊富なのは言うまでもなく、写真を見る眼も厳しい方です。その大島さんと、フィルムを保管してある写真室に一日こもった結果、まさに膨大なフィルムの中でさえ、使用に堪えうるものの数は期待していたほどはありません。暗くなる気持ちを抑えて、ベスト画像を入手すべく、写真発注の担当者(実に力強く頼もしい女性4人組)に助けられながら、大島さんとふたりで文字通りに東奔西走しました。

板倉先生の眼とメモリー

 作品の所蔵が個人や寺社の場合、その写真がどこにあるかわからないことも多々あります。過去の出版物を調べるなどしても行方がわからず、もうお手上げ状態に近くなると、本巻の責任編集・板倉聖哲先生に助けを求めます。先生の記憶の多さと正確さには何度も驚かされました。「その写真は、あそこの美術館にあるはず」と教えられて先方に連絡すると、最初は「無い」という返事。しかし、あとから「調べ直したら、ありました」ということも……。
 作品の色についても同様で、どんな小さな部分も見逃すことはありません。色校正は2回ご覧いただきましたが、一度は時間がなくて慌ててしまい、ずいぶん“雰囲気のある”喫茶店にご案内してしまいました。先生は校正紙と光源を交互に睨みつつ、厳しくチェックを入れられます。「この虫は緑ではなく青」「この葉脈だけ白が目立つ」「こっちの墨には赤があり、下の墨は緑」「墨一色の山ですけれど、遠景には空気の青が感じられる」などなど。お話を伺ったあとで、実物やフィルムをもう一度見てみると、その通り。これが、現場からの「今までで、いちばん難しい」という声につながります。

 余談ですが、板倉先生は本全集を校正の段階で全巻お読みになっています。編集委員会の席上で、大学の先輩・山下裕二先生から「板倉は全部読めよ」とひと言いわれたことで大変な役目を担うことになってしまい、この時、辻惟雄先生が「学力倍増、フフ…」とつぶやかれました。聞いていて、なんとも面白かったこの話を執筆者のひとりに伝えたところ、「板倉先生の学力が倍増したら、僕たちが困ります」と答えられました。

プリンティング・ディレクターの技

 ところで、「遠景の山の青い空気感」とは、言葉ではわかりますし、イメージもできますけれど、それを印刷で再現するためには、プリンティング・ディレクター(印刷設計者)の存在が必須です。この全集では日本写真印刷株式会社の戸田茂生さんが、この重責にあたられています。
 ご存じの方も多くいらっしゃると思いますが、カラー印刷は原則として、赤・青・黄・黒の4色の組み合わせでされます。「青い空気感」のほか、私たち編集者やデザイナーは、「思わず手に取りたくなるような、生気ある花のピンク」とか、「生命の息吹を伝える緑」などなど、時として好き勝手な(?)表現をしてしまいますが、これを戸田さんが4色の組み合わせに数値変換してくれるのです。その際には、私たちが伝える言葉のほかに、今回ならば板倉先生のチェックを通して見て、先生がどのような環境で校正紙をご覧になったかを勘案しながら、色の差し引きをします。この割合の微調整はとても難しいことなのですが、戸田さんの卓抜した変換能力(言葉の「翻訳能力」とも言えます)には、編集部のスタッフは常日頃から、今回初めてのお付き合いというベテラン・大島さんも、脱帽するところです。現場の若い方々には、人が感じる色は個々人で異なること、年齢によっても変化することなども教えていらっしゃるとのことです。
 この細かな積み重ねによる色校正を、本巻ならば163点の掲載カラー図版すべてに行ないます。各人それぞれでは何度も試行錯誤するのはもちろんのこと、スタッフが顔を揃えて検討する色校正は2回、それぞれ丸一日かかる大仕事で、正直に申しまして、かなり疲労します。
 それでも、出来上がったものに対して満点をつけることは難しいのが現実です。苦労を重ねてもなお、光を通して感じる実物の色と、紙の上に再現される色が同一になることはありません。印刷する当日の気温や湿度によっても、インクの発色には微妙な違いが生じるそうです。精密であるからこそ、デリケートなのでしょう。
 目標の値を高く保ちつつ、「合格点」を見定めるのが、編集作業では重要です。これは、決して妥協ではないと考えています。たとえば、本巻の図版No.63と64の『瀟湘八景 漁村夕照図』『瀟湘八景 煙寺晩鐘図』は見開き2ページの上下に掲載されていますが(写真参照)、ご覧いただくとおわかりになりますように、右ページと左ページの紙は別です。墨の濃淡によって表現される静謐な画面の、左右の色を揃えるだけでも一苦労なうえに、困ったことには右ページの上の図は赤みが強く、下は青みが強いという状態で判断を下さなくてはなりませんでした。最終の段階では、そのような真逆の両方にかなう適切な修正方法はありません。ただひたすらに何度も調整を繰り返し、左右のページをつなぐ中央部分のみ、「冒険」とも言うべき色の追加を工夫してもらいました。これによって、この2図は何とか合格点に達したのではないかと思っています。

 写真集めから始まって、最後まで悪戦苦闘の連続でしたが、多くの方々に支えられて本ができました。美術館・博物館で写真貸し出しの窓口にあたってくださった方は、通常の仕事にも増して労力をかけてくださいましたし、数少ないながらも、作品の所蔵者ならびに管理者、写真家諸氏のご厚意によって新規撮影の機会もありました。みなさん、ありがとうございました。
 この本を手にとってくださった読者の方々には、「満点」の本をお届けすることができずに申し訳ありません。少しでも、これまで以上に楽しんでいただける一冊になりますようにと、願うばかりです。

(編集担当・岩﨑方子)