日本美術全集

全20巻

日本の心が紡いできた比類なき「美」。「日本美術全集 全20巻」。今、日本に存在する「最高の美」のすべてがここに。

第18回配本 (11)信仰と美術(テーマ巻②)

 
責任編集/泉 武夫(東北大学大学院教授)
定価本体15,000円+税
ISBN9784096011119
判型・仕組B4判/304頁
カラー図版口絵144ページ・カラー図版両観音16ページ
モノクロ解説ページ144ページ/上製・函入り/月報付き

もくじ

  • はじめに 泉 武夫(東北大学大学院教授)
  • 信仰と美術──聖なる世界と心の表われ 泉 武夫(東北大学大学院教授)
  • 悩める神の願い──神仏習合と日本古代宗教文化 サムエル・C・モース(アーモスト大学教授)
  • 神仏と人の織りなす造形──清水 健(奈良国立博物館学芸部工芸考古室長)
  • 近世の宗教美術──内なる仏と浮世の神──矢島 新(跡見学園女子大学教授)
  • コラム/霊木と仏像 井上大樹(文化庁文化財部美術学芸課文化財調査官)
  • コラム/蔵王権現の信仰とイメージ──藤岡 穣(大阪大学教授)
  • コラム/社寺縁起と素朴絵 泉 万里(静岡県立美術館学芸部長)

概要

かたちそのものが信仰と一体であった古代から、大陸伝来の仏教の下での多様な宗教美術の展開。やがて、仏教と在来の神祇信仰とが結び付く神仏習合から日本固有の宗教美術が生まれ、中世における神仏と人との関わりの中で、夢や奇瑞、霊場、浄土、異界、多数尊などの宗教思想に基づく極めてユニークで魅惑的な造形世界が生み出される。さらに近世に至り、彼岸から現世へと人々の関心が変容し、同時に、在野から新たな信仰の復権の動きが見られるようになる。
本巻は、日本美術の歴史を通して、信仰がもたらした豊かな造形の流れを、時代ごとの巻では扱えなかった通史的な視点から概観する「テーマ巻」です。

注目点

第一章 信仰の芽生え
信仰が生まれ、やがて「かたち」と結びついていった縄文時代から、弥生時代、古墳時代にかけての代表作を概観。
『しゃがんで手を合わせる土偶』『珍敷塚古墳壁画』『須弥山石』など。

第二章 仏の像と世界観
大陸からもたらされた、高度に体系化された世界観をもち、そして何よりも超越者の姿を具体的な「かたち」に表すことを特徴とする仏教が日本美術に与えた影響。
『薬師如来及び両脇侍像』(奈良、薬師寺)、『男神立像』『両界曼荼羅図(子島曼荼羅)』など。

第三章 山林の霊力と浄土信仰
平安京を舞台とした、山林の霊威と官能性に満ちた造形から優美な和様への変容。浄土への憧れ。また、山岳信仰に基づく修験の経験と行者の活躍がもたらした独自の宗教美術について。
『薬師如来立像』(京都、神護寺)、『宝誌和尚立像』『蔵王権現立像』(大峰山寺、奈良)など。

第四章 都の雅びと諸方の仏神
平安京における法華経信仰および密教信仰の隆盛。怨霊と天神にまつわる造形。本地垂迹思想に基づく美術の誕生。
『法華経方便品(竹生島経)』『平家納経』『大威徳明王像』『藤原道長経筒』など。

第五章 神と仏のあやなす世界
中世前半における優美と調和の造形から現実的造形への変化。新興仏教の隆盛と神道の誕生がもたらした新たな宗教美術の展開と垂迹画の開花。
『石清水八幡曼荼羅図(男山八幡宮曼荼羅)』『那智瀧図』『吉野曼荼羅図』『熊野速玉大社古神宝』など。

第六章 夢想と参詣
中世後半における「他界の仏神」から「現世の人間」へのテーマの推移。唯一の実態としての現世において、心の中に神を見出していく。
『春日明神影向図』『光明本尊』『富士曼荼羅図』『かるかや』『つきしま』など。

第七章 信仰の民衆化
近世における信仰の変化。「求道」と「遊戯(ゆうげ)」の「かたち」。浮世の神仏と民衆のための造形。
円空『荒神像』『護法神像』、木喰『十六羅漢像』、白隠『蛤蜊観音図』、仙崖『坐禅蛙画賛』、良寛『天地二大字』など。

(編集担当・高橋 建)

 本巻は、日本美術における「信仰」について、通史的に概観する「テーマ巻」です。


なぜ「宗教」ではなく「信仰」なのか?

 本巻の大きな特色は、何よりもまず、テーマを「宗教」ではなく「信仰」としたことです。仏教に代表されるようなテキスト(教典・経文)に基づく体系的な思考の宇宙としての「宗教」ではなく、もっと素朴でだからこそ根源的な心のありようとしての「信仰」を土台とし軸とすることで、より今日的な現実感のある書物を構成することが可能となりました。
 なぜなら、日々、宗教を身近に感じる暮らしからはおよそ縁遠い現代人であっても、「何かを信じる」あるいは「何かを信じたい」という切実な思いを心に抱くことは、決して珍しいことではないと思われるからです。そして、読者ひとりひとりのそのような身近な経験に基づくことなしには、本巻は生きた書物にはなりません。美術作品が常に今を生きる人々とともになければどんな名作も感動を生まないように、本巻もまた常に今を生きる読者とともになければ、何の感動も感慨も惹起しない無味乾燥な資料の集積でしかなくなくなってしまったでしょう。
 たとえ「宗教」が過去の偉大な遺産でしかなくなってしまったとしても、「信仰」は常に生きている。その生きている「信仰」の力によって、過去の「宗教」も今日的な意味や価値をもつことができるのです。

枠組み設定の苦闘

 では、その「信仰」が生み出してきた「かたち」の歴史を、具体的にどのように語ればよいのでしょうか? 同じ作品であっても、それをどのような観点から、どこに注目して語るかによって、その意義はまったく異なったものになります。そのため、作品と対峙する際の基準・枠組みを設けることが、最も重要なポイントとなってきます。その基準・枠組みの如何によって、今を生きる読者にどのような言葉で訴えかけるのかが決まり、あるいはそもそも訴えかける言葉を紡ぎ出すことができるのかどうかさえが決まってくるからです。
 本全集の場合、個々の巻がどのような書物であるかは、各巻の責任編集者が執筆する「はじめに」と概説に集約されています。それらはまた、各巻を構成する論考やコラム、作品解説を担当される方々にとって、原稿を執筆する際の基準・枠組みとなるものです。本巻もまた例外ではありません。
 本巻の責任編集者は、全集の編集委員でもある泉武夫先生(東北大学大学院教授)ですが、泉先生にとってもこれはかなりの難題でした。
 本巻の「まえがき」については、第1稿の書き直しをお願いしたところ、先生は第2稿として2種類の「まえがき」原稿を送ってこられました。そのうちの一方をもとにしてさらにもう一度修正をしていただいて完成したのが掲載原稿となります。
 概説の場合は、もっと大変でした。先生が概説の執筆を始められたのが2013年の11月。それが400字詰原稿用紙180枚近くにまでなったため、何度も推敲されてそれでも原稿用紙130枚余りの「大作」として第1稿が完成したのが、2014年の夏でした。この第1稿は、日本美術史の枠組みをはるかに超えて、文化人類学的な広がりをもった深遠な思考の宇宙を形成するものでした。しかし、テーマ巻とはいえ日本美術の画集の概説としてはあまりにも広大すぎ、また長すぎて収録しきれません。詳細なコメントを付して書き直しをお願いしました。
 大幅に修正が加えられた、しかしまだ原稿用紙120枚余りの長さの第2稿が完成したのが2015年3月。この段階で明確な方向性が見えてきましたが、まだ長すぎます。もう一度、書き直しをお願いし、原稿用紙70枚余りの長さにまとめ直された第3稿が完成したのが4月。この第3稿をさらにもう一度練り直していただいた改訂稿(もちろん、この後もゲラの段階で著者校正が入りましたが)が、現在、掲載されている原稿となります。
 編集担当者として自分で言うのもなんですが、泉先生ほどの方に原稿の書き直しをここまでお願いするというのは、相当なことだと思います。激怒されても不思議ではないのですが、無謀とも言えるお願いを先生は謙虚に受け止めてくださり、真摯な対応をしてくださいました。結果として、「まえがき」も概説「信仰と美術──聖なる世界と心の表われ」も、本巻の本質を明快に骨太に表した、この上もなく素晴らしい原稿として完成させていただき、深く感謝しています。

魅力的な掲載作品の選択

 掲載図版の選択については、泉先生が作成されたリストを叩き台として、彫刻がご専門の井上大樹先生(文化庁文化財部美術学芸課文化財調査官)、工芸の清水健先生(奈良国立博物館学芸部工芸考古室長)、そして近世宗教美術の矢島新先生(跡見学園女子大学教授)を交え、協議が行われました。
 最初の会合がもたれたのが、2014年の4月。それから時間としては比較的短い間に集中して数えきれないほどの修正が繰り返され、5回以上の改訂がなされてリストが完成したのが8月です。このリストに基づいて掲載許可申請の作業が行われましたが、残念ながら許可のおりなかった作品もいくつかあります。その度に新たに差し替え作品の検討が行われ、現在の形となりました。
 「信仰と美術」というテーマがもつ豊かさと多様性が見事に反映された内容で、改めて日本における「信仰」という精神活動のもつ奥深さと思いもかけないほどの力強さがよくわかります。これまであまり見たことのない作品も数多く含まれた、前例のない、非常に魅力的な画集です。是非、御覧ください。

(編集担当・高橋 建)