意図せざるエモーショナルな表現

6つの短編の並べ方もすごくいいんですよね。これは書いた順になっているんですか。

書いた順です。コロナをめぐる情勢をふり返るうえでも、発表順になっているのがいいだろうってことで。
前半はやっぱり世の中の状況が悪くて、私自身も気持ちが落ちることが多かったんですよね。それで作品も鬱々としがちで、中盤から少しずつ社会を回していこうという雰囲気が戻ってきて、私の心持ちも楽観的になっていったので、それが作品にも反映されています。

確かに。4つ目の「特別縁故者」と5つ目の「祝福の歌」あたりはマジでいい話なんですよ。この2編に関しては駄目な中年男性の描き方がとにかく上手くて感心します。
なんでこんなに上手いのかなって考えると、やっぱり一穂さんの捉えている感情や関係性の網の目が本当に細かいからじゃないかなって思うんですよね。
『ツミデミック』の登場人物のほとんどは白や黒で分けられるような人物として描かれてない。登場人物の感情をすごく細かく捉えたうえで、表現されている。
自分は結構、筆でべたっと殴り書きするようなタイプだから、ここまで繊細にはできない。そのくせジメジメしてないし、ユーモアもあるし。一穂さんのこの感覚って、僕は羨ましくてしょうがないのよ(笑)。

それを言うなら『Q』に出てくる辰岡というキャラクターが最高でしたよ。ハチの同僚でとにかく嫌な中年男なんですけど、後半まさかあんな感じになるとは……。
この小説では全員がそれぞれ小さな嘘を吐いてるじゃないですか。最低だと思っていた人間の底にも秘密やささやかな矜持みたいなものがきらめく瞬間があって、それがすごく美しい。
呉さんはご自分が思ってる10倍ぐらいエモーショナルなことをお書きになっていると思います。

そうなのかな。

筆から飛び散った墨の形って、意図してできるものではないですよね。そこには呉さんご自身も計算していなかった美しさがある。
キュウとハチが人気のない新宿で邂逅する場面なんか、ほとんど作画が新海誠ですよ(笑)。

希望なき時代に希望を描く

『ツミデミック』の「憐光」ってすごい怖い話だなと思って読んだんです。「違う羽の鳥」「ロマンス☆」もそうかな。
この前半3作を続けて読んだ時に、プロット上の怖さとはまた違った意味で、「もう生きてても辛いことしかないじゃん、このゲームで生きていくのは無理だよ」っていう感覚が強烈に沸いてきたんです。

「クソみたいな現実」「クソみたいな人生」って、今やリリックでもミームでもなく普通にみんな「そうだよね」って納得できる感覚ですからね。
だから私はもしキュウみたいな人が現れたら、動画を見まくって、課金させてくれ! と熱望すると思います。それが生きるエネルギーみたいになりますから。
私はホストにハマる女の子の気持ちは分からないと思ってたんですけど『Q』を読んでいたら、そういうことかと腑に落ちたんですよ。

それはよかったのか悪かったのか(笑)。
そんな中で一穂さんは「さざなみドライブ」をラストに持ってきましたよね。あそこで世界が広がる感じがあって、あれはセンスだなと思いました。

「さざなみドライブ」はうちの母には不評だったんですよ。「こういう話はちょっと」みたいなLINEが来て、いやいや、あなただけは褒めなさいよと思いましたが(笑)。

(笑)。命は大事だよっていう言い方で希望持たせるのは、もう無理じゃないすか。この世界にそこまで期待感を持てないというのが、現実問題としてある。
そんな状況に対して、皮肉だったり韜晦だったりユーモアっていう武器を総動員して、今日ぐらいはなんとか生きようぜというところに持っていく。最後の一言なんて小憎らしいほど上手いですね。

『Q』というタイトルが広げたもの

タイトルについても伺いたかったんです。
『Q』というSNSのハッシュタグにはおそらくできない思い切ったタイトルはどこから?

僕はもうちょっと文章っぽいタイトルを考えていたんですが、それがいまいちしっくりこなくて。編集部の方からここは『Q』で行きませんか、と提案されたんです。
検索できないですよと僕も反対したんですが、『Q』と言ったらこの作品が読者の頭に浮かぶくらいの作品になっています、と言ってくれて。それで踏ん切りがついたという感じですね。
キュウという登場人物が生まれて、Qアノン的なものが出てきたり、世界を広げていくきっかけにもなったので、タイトルは『Q』で行くしかないかなと。

これ以外ない最高のタイトルだと思いますよ。
私は小説の意義っていうのは、一度きりの現実をあなたはどう生きるのか、っていう果てしない問いかけであると思っているんですね。
作品の中にあるのは答えではなくて選択。小説とはクエスチョン&アンサーじゃなくて、クエスチョン&チョイスだと思ってるんです。
そういう意味で、この作品はすごく大きな問いかけと、群像劇の中での人々の選択を、鮮やかに見せてくれたなと思っています。
小川哲さんが呉さんとの対談で「最高傑作じゃなくて最高到達点」とおっしゃっていましたけど、まさにその通りだなと。

自分の中でもやっぱり大きな作品ですよね。
『Q』を書き上げた自分がこの先どうなるのか分からないし。ミステリに戻るのか、また別の新しいものにチャレンジするのか。同じことってやりたくないじゃないですか。
いくつか別の作品を挟んだ後に、まあ二度とやるまいとは思っていますけど、また『Q』のようなものを書こうとした時に、どんなものが出てくるのかっていうのは、すごく楽しみです。
一穂さんは今後ミステリに挑戦する予定は?

いや、ないんじゃないですか。

でもミステリ的な手法はよく使われますよね。

嘘や秘密がないと物語を作れないっていうのはありますよね。 表面的に見えているものと違う面を見せるのが小説だとも思うので、ミステリ的なアプローチというのは確かにあると思います。

『光のとこにいてね』のラストなんて驚きましたもん。いつか一穂さん流の本格ミステリも読んでみたい気がします。
今日は本当にありがとうございました。丁寧に読み込んでくださって感激しました。

こちらこそ、お会いできてすごく楽しかったです。

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表紙
呉 勝浩(ご・かつひろ) 1981年青森県八戸市生まれ。大阪芸術大学映像学科卒業。2015年『道徳の時間』で第61回江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。18年『白い衝動』で第20回大藪春彦賞受賞、20年『スワン』で第41回吉川英治文学新人賞、第73回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)受賞、第162回直木賞候補。21年『おれたちの歌をうたえ』で第165回直木賞候補。22年『爆弾』で第167回直木賞候補。