INTERVIEW 漫画家・ヤマザキマリさん Special Interview

「21エモン」の大ファンだという漫画家ヤマザキマリさんに、その魅力をたっぷり語ってもらいました。代表作「テルマエ・ロマエ」との意外な共通点とは…!? 世界を股にかける漫画家だから語れる「21エモン」論をどうぞ!

1967年、東京都生まれ、北海道育ち。漫画家。1984年にイタリアに渡り、フィレンツェの美術学校で美術史と油絵を専攻する。1997年、漫画家デビュー。その後、イタリア人の比較文学研究者との結婚を機に、シリア、ポルトガル、アメリカなどに住み、現在はイタリアに在住。2010年、古代ローマと現代日本を行き来するSF「テルマエ・ロマエ」でマンガ大賞及び、手塚治虫文化賞短編賞受賞。2017年には、イタリア文化を広めた功績などにより、イタリア共和国から功労勲章コメンダトーレを授与される。現在連載中の作品に「プリニウス」(とり・みき氏との合作)、「オリンピア・キュクロス」など。エッセイも精力的に執筆しており、「男性論」「国境のない生き方 ~私をつくった本と旅~」など代表作多数。

公式サイト ▶ http://yamazakimari.com/  公式ブログ ▶ https://moretsu.exblog.jp/

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アメリカ大統領にも読んでもらいたい!

子どもの頃、紀行番組の『兼高かねたかかおる世界の旅』が好きでした。世界には私の知っている何百倍もいろいろな考え方や生き方の人たちがいることが想像できて、すごく楽しかったんです。保育園の友だちの家で、その子のお兄さんが持っていた「21エモン」を初めて読んだ時も同じ感覚でした。21エモンが宇宙を旅していない、実家のホテル「つづれ屋」を手伝っている時でも、多様な宇宙人のお客さんがやって来るので、宇宙の広さを想像できる。毎回、このお客さんはどんな星から来たんだろうとワクワクしっぱなし。客室の気圧を調整したり、変な材料の料理をつくったり。でも、その料理は地球人の私にとってはおいしくなくても、その宇宙人にとってはおいしい。そういう“異文化における価値観の違い”がつまっていて、それが何よりおもしろかった。

客室はお客さんが過ごしやすい環境に調整するため、宇宙服を着て入ることも。料理は21エモンのママが担当(①巻)。

あと、大人の不条理さとか信用できなさを平気で描くじゃないですか。子どもだましじゃない、この感じが好きなんですよ。大人の不透明さを全部ギャグに昇華するから、いい具合の猜疑心さいぎしんが養われる。大人の世界には変な人がいっぱいいるけど、つづれ屋はみんな受け入れる。こんな“寛容性”のある漫画を読んだら、いじめなんてなくなります。「価値観の相違」と「寛容性」、トランプ大統領に読んでもらいたいです!(笑)

「テルマエ・ロマエ」にも影響が!? SF漫画の名作。

以前、漫画家の萩尾はぎお望都もと先生とSF対談をさせていただいた時、一番好きなSF漫画は何かという話になったのですが、二人とも「21エモン」だったんです。もちろん「ドラえもん」も大好きなSFですけど、どちらかというとコメディ性が強い日常ギャグ。一方の「21エモン」はシュールな本格SF。私の好みは、こっち。

私はSF作家には“客観的なまなざし”が不可欠だと思っていて、藤子・F・不二雄先生は特にそこが優れた作家だと感じます。世界を俯瞰ふかんして見る力がなければ、「21エモン」のようなコンセプト、ストーリーの漫画は描けません。未来のホテルに宇宙中の宇宙人が集まってくる。しかもその宇宙人たちは考え方も、良識も、概念もすべてバラバラ。日本の、狭い学校の、クラスの中だけでキャラを集めても、こんなぶっとんだ話はつくれません。なんせ快適な気圧が違うくらいですから(笑)。宇宙に対する夢が広がりました。

藤子F先生のSF短編も大好きで、大人になった21エモンのような主人公が出てくる「ミノタウロスの皿」は衝撃的でゾクゾクしましたね。価値観が逆転する異文化交流の最たるもの。それでいてミノタウロスというギリシャ神話を題材にしているところも。

21エモンそっくりの主人公が人間と家畜の牛の関係性が逆転した星へ不時着するSF短編「ミノタウロスの皿」(藤子・F・不二雄大全集「SF・異色短編」①巻)。

おかしな話だと思うかもしれませんが、ギリシャ神話も荒唐無稽さという点ではSFにくくれると思うんです。現代の私たちの価値観からしたら、息子を食べる神様とか信じられない展開がたくさんあります。古代史を題材にしている私の作品がSFといわれるのもまさにそれで、宇宙の異文化と古代の歴史が融合している「ミノタウロスの皿」を読むと、藤子F先生も同じように考えていたのかなと、うれしくなります。

そんな本格SFの世界観に意外と日本的な要素もあるのが「21エモン」のポイントで、じつは私の作品も影響を受けています。老舗しにせホテルという古き良きものへの愛着。パパがいざとなったらビジネス度外視で団体客を断る矜持きょうじ。だから、つづれ屋はいい! 「テルマエ・ロマエ」の第1話でタイムスリップした先の世界を1970年代の日本にしたのは、つづれ屋のような古き良き人情が伝わる世界を舞台にしたかったからなんです。

銭湯から買い取ったペンキ絵が飾られているノスタルジックなロビー。この後、パパが宇宙人から取り引きを持ちかけられるが、断固拒否!(①巻)

「テルマエ・ロマエ」の主人公が最初にタイムスリップした先は昭和の銭湯。彫りの深いローマ人と富士山の絵の対比がおもしろい(「テルマエ・ロマエ」①巻)。

愛くるしい! サブキャラクターたち。

私のお気に入りの宇宙人は「ミリオネヤ星人」ですが、たしかポルトガルに住んでいた時だったかな。ある日、息子の部屋からゲラゲラ笑う声が聞こえてきたんです。なんだろうと確かめにいったら、ミリオネヤ星人がバラバラになるシーンを読んでいました。やっぱり親子だなって(笑)。

お金持ちアピールをするミリオネヤ星人が客室でバラバラに…!
 お金が狙いの犯行? はたして犯人は?(①巻)

息子が最初に読んだ藤子F作品は「ドラえもん」ではなく、「21エモン」でした。強制的に読ませたわけではありません。子どもって親の意図とは関係なしに勝手に家の本を探し出しますよね。「21エモン」は日本でもイタリアでもポルトガルでも、どの国に住んでいても常に置いていたので、すぐに見つけて読んでいました。ちなみに、今でも私のベッドルームにコミックス全巻あります。何時間も創作活動をして疲れた頭をデフォルトの状態に戻すのに「21エモン」はベストなんです。触発されるし、楽しいし、あれこれ考えさせられる。なにより幸せな気持ちになれる大事な本。

そんな作品を吸収して育った息子は、「ロボットをつくりたい」というシンプルな動機でロボット工学の世界に進みました。いつかイモ掘りロボットのゴンスケを作ってほしいなあ。売れなくても私が引き取るから。そしたら、うちがイモ畑になったりして(笑)。

イモ掘りロボットのゴンスケが客室を勝手にイモ畑に改造!
 だが、後々このイモがつづれ屋のピンチを救うことに…!(②巻)

でも、ゴンスケってあんなにめちゃくちゃなのに、いないとさびしい愛すべきキャラですよね。それにしてもこんなダメダメロボットと共存しているというのが、またいいですよね! やはり「寛容性」ですよ、古代ローマと同じ。モンガーだって、勘違いのテレポーテーションでトラブルを起こすことがありますもん。そういう人物を集めているから「21エモン」はおもしろい! 『スター・ウォーズ』のC-3POやR2-D2を思わせるサブキャラたち。もしかしてジョージ・ルーカス監督は「21エモン」を先に読んでいたんじゃないのかな(笑)。

見た目にだまされないで! 情熱的な主人公。

そして、主人公の21エモン。地味な見た目ですけど、すごく情熱と行動力がありますよね。「自分はこのままじゃだめだ。開かれた方向へ行こう」というのが伝わってくる。それでいて、自分の家庭のことを理解していて、家業をどうすればいいか、子どもなのに容赦ない大人の商業的な世界と向き合っています。お隣のホテル・ギャラクシーのルナちゃんとの関係性もいい。ライバルだけど仲が悪いわけじゃない。依存や憧れでお互い興味を持っているのではなく、それぞれの置かれた立場でそれぞれの仕事や役割をどうがんばっているかを常に意識し合っている。男女の付き合い方としては、すごく大人っぽくてある意味成熟したスタイルだと思うんです。お互いにリスペクトがある。子どもたちが社会に入る時に必要な要素も学べます。

ルナちゃんは、つづれ屋のとなりの豪華ホテル・ギャラクシーの娘。つづれ屋を買収しようとしたこともあるが(左・①巻)、21エモンの宇宙冒険の良き理解者でもある(右・③巻)。

21エモンの両親も大好きです。宇宙パイロットの夢に反対しているようですが、結局は寛容ですよ。こんなホテルを経営しているだけあって(笑)。最終的には旅をさせていますし。私の母も寛容性のある親だったので、そういう環境で育つと、外に飛び出していく子どもになっちゃいます。

そもそも、こんなに外部から触発されたらじっとなんてしてられませんよ。宇宙中から変な人が泊りに来て、数日で去っていったら、気になっちゃうじゃないですか。ホテルの仕事っておもしろいなと思うのが、「定住型」と「移動型」が混じっているんです。私は完全に後者ですね。ここがダメなら次の場所。でも、ホテルで働くと定住しながらお客さんを通して世界を移動できる。パパはそれで満足できたかもしれないけど、21エモンは実際に見に行きたくなったんじゃないですかね。

心を豊かにする、貧乏のすすめ。

もうひとつ「21エモン」のいいところは“貧乏”であること。貧乏ほど豊かな経験はありません。私はイタリア留学時代が特に貧乏で、そのおかげで同棲していた詩人といっぱいケンカしたり、近所中のお店にツケがありすぎて帰り道がなくなったり、持っている物はすべて質屋に入れたり……。けど、その質屋が創業1200年の歴史的な老舗だったりするわけですよ。詩人御用達のその質屋銀行にやっかいになる日本の留学生なんてそんなにいなかったと思います(笑)。歴史の深さを感じる。だから、貧乏くさい気持ちがまったくない。ルネサンス時代の貧乏画家もみんな、この質屋銀行を利用してきたんだから。最終的にアクセサリーとかステレオとかいろんなものが流れましたが(笑)。貧しさによって大らかな感受性が育まれました。

キューバでボランティアをしていた時が人生で一番の極貧体験でしたね。夜に電気がつかないんです。すると、みんな外に出て月明かりの中、楽器を弾いたり、踊り出したりする。みんな楽しそうだから、ひもじさがまったくない。こんなにお金が動かない世界で、人々が幸せそうに生きている。お金の意味ってなんなんだろうって。

無銭旅行に出かけた3人は初日の月から野宿するはめに。けれど、そのおかげできれいな地球を見ることができた(③巻)。

イタリアに戻ってからは、ぜいたくしている人が奇妙に映りました。貿易商の通訳とかをしていたので行き交うお金の額がとんでもない。でも、私は家に帰ると電気・ガス・水道がとめられている(笑)。お金というのがすごくナンセンスだった。みんな翻弄ほんろうされているけど、ないならないでいいし、依存すると怖いなと。「21エモン」は、お金がないのにおもしろいドタバタがいっぱい起きる。私もお金がないからやったチリ紙交換のバイトとか、すごく大切な人生経験です。

フィレンツェではお金がない人が集まる文壇カフェでの交流が楽しかったなあ。日本人がイメージするような、飲んで歌って食べて、なんて気楽な体験はあまりしていませんが、逆にイタリアの、知られざる芯の部分に触れられたような気がしています。「21エモン」を読んだ免疫力があったからでしょうね。もともと、私の家庭も音楽家の母がひとりで切り盛りしていて決して裕福ではなかったので、つづれ屋を見ると重なるところがあります。お金がなくても感性は豊かなところとか。21エモンのパパもママも貧乏くさくないじゃないですか。ホテルって人々を快適にする環境を提供しなければいけないから貧乏くさい人には難しいと思うんですね。「おもてなし」というのは余剰があってできることですから。お金ではできない心のおもてなし。つづれ屋に泊まったお客は一生忘れないと思いますよ。

どんな未来がきても変わらずおもしろい!

私は「21エモン」を読んだおかげで生涯助けられました。「21エモン」には人生に迷った時の答えがある。自分は他の人と何かが違うと悩んでいる子も、違うものを受け入れるのがイヤな子も、理想通りの生き方ができていないと思う子も、みんなに読んでほしいですね。「ただ受け入れて向き合うだけ」ということを教えてくれます。

「21エモン」は、イタリアに行こうと決めた時も、イタリアでくじけそうになった時も、漫画家になってからも、いつも寄り添ってくれました。藤子F先生の作品はまあ、だいたいどれもそうですが、かたわらにいて「大丈夫だよ」と励ましてくれます。歴史専門でやっている人間だからいえることですが、昔の漫画だからといって、古くさいとか、すべてもう知っていることばかりだろうと思っていたら大まちがいですよ。古いものから学ぶことは山ほどあります。じつは過去の方が正しかったり、進んでいたりするのに、現代人がまったくそれを学習してきていないこともわかったりします。だから、私はタイムスリップする漫画を描いているんです。「つづれ屋」自体がそうじゃないですか。古いからダメじゃなくて、古いからこそ感じられる豊かさがある。新しくて立派でゴージャスだからいい、ってことじゃないんですよ。そんな概念を払拭ふっしょくした方が日々の人生が楽しかったりするから、みんなに本当に読んでもらいたいです。難しい本を読むのは大変だけど、「21エモン」は読んでほしい(笑)。世の中がどうなろうと「21エモン」はどんな時代のどんな人にも読まれながら残っていく普遍的な漫画だと思っています。

「テルマエ・ロマエ」の終盤で主人公のルシウスが現代の温泉旅館で働くのですが、じつはつづれ屋をかなり意識しました。ルシウスに海外のお客さんの呼び込みをさせようとかいろいろ考えて。残念ながら実現はしませんでしたけど、イメージは頭の中にしっかりしまってあります(笑)。

現代日本の温泉街から古代ローマに戻れなくなってしまい、
東林館というオンボロ旅館で働くことになった主人公(「テルマエ・ロマエ」④巻)。

もうね、2018年の今の東京で私が「つづれ屋」を経営したいくらい大好きですよ! もちろん温泉も取り入れたいですが、本家つづれ屋は水回り関係が最悪なので、どうなることやら…(笑)

ヤマザキマリさんの代表作
テルマエ・ロマエ[全6巻]

古代ローマ時代のテルマエ(公衆浴場)設計技師のルシウスが、なぜかお風呂関係限定で現代日本へタイムスリップする歴史SFコメディ。そうそうたる漫画賞を受賞したヒット作で、2度に渡って実写映画化もされた。

プリニウス(とり・みき氏と合作)[既刊7巻]

博物学者にして、艦隊司令官である古代ローマ人のプリニウスを主役にすえ、変人の域に達する彼の博識ぶりを描いた歴史伝記ロマン。ベテラン漫画家とり・みきをパートナーに迎えて実現した画面の密度も圧巻だ。

オリンピア・キュクロス[既刊1巻]

運動神経の高い壺絵師の古代ギリシャ人がオリンピックで沸く1964年の東京へタイムスリップ! 運動会に感心したり、少女漫画で感涙したりする異文化交流コメディの最新作。実在の人物との共演も注目!

国境のない生き方~私をつくった本と旅~

野生児だった幼少期から始まり、14歳のヨーロッパ一人旅、17歳からのイタリア留学といった波瀾はらん万丈の半生を、いっしょに歩んできた本とともに振り返る痛快エッセイ。シリーズの続編が10月に発売予定。

photo/Yoshiaki Okamoto(岡本好明)
 interviewer/Naoki Kamiya(神谷直己)

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