編集・出版社営業・書店員・翻訳者が[ロボット・イン・ザ・ガーデン]を語ってみた。
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作者の人柄がにじみ出る文章に、名訳が「降りてくる」
冒頭をパラパラ流し読みしただけで親しみやすさが伝わってくる訳文は、読者獲得に大きな役割を果たしたんじゃないかと思います。
翻訳する際は、つねに「この訳で原書の世界観を表現できているのか?」「読者の皆さんにきちんと伝わるのか?」と最後の最後まで不安なので、そんな風におっしゃって頂けるとほっと致します。
タングのキメ台詞(?)《 やだ 》一つとっても、あれが「嫌だ」だったら、あの可愛らしさは絶対に出なかったと思うんです。
この年頃の子どものリアルを感じますよね。加えて、タングの頑固さも見事に表現していますよね!
「やだ」に関しては、するっとどこかから頭の中に降りてきてくれた感じで、まったく迷いませんでした。漢字でもカタカナでもなく、「やだ」だな、と。
「降りてくる」って、たまに作家さんがそういうこと言いますけど、翻訳でもあるんですね。
降りてきたのは初めてです。大抵は「うーん……」と唸りながら原文とにらめっこです(笑)。ですが、タングの「やだ」だけは、考えてひねり出した言葉ではなく、読んだ瞬間にもう「やだ」だったのです。10年以上翻訳をしてきて、初めての経験でした。
「読んだ瞬間にもう「やだ」だった」ってのは、なんだかいい話ですね。
きっと、著者であるデボラさんの人物描写って言うかこの場合はロボット描写(?)が素晴らしいのだと思います。それに引っ張られてタングのセリフを訳すことができました。
それにしても、床が滑り易いのを心配したベンが「怪我をしないように気をつけろよ」と声をかけたのに、タングの応えが《 やだ 》ってどういうこっちゃねん(笑)。
怪我したいんか!? みたいな(笑)。因みに、原文だと「やだ」の部分、単純に「No」なんですか?
はい、原文では「No」でした。
「No」って、シンプル過ぎて、ぴったりの日本語を当てるのが逆に難しそう。
確かにシンプルな言葉というのは逆に選択肢が広がって、どの言葉を当てるかで最後まで悩むことも多いです。いったん決めた言葉でも、ゲラとして戻ってきたものを改めて読んだらやっぱり違うと感じて、また悩み直し、ということもよくあります。
久し振りに原書をパラパラめくってみましたが、原文もシンプルで平明で読みやすいなあと改めて思いました。
きっとデボラさんの人柄でしょうね。朗らかさや、人に対する愛情が文章にも出ているように感じます。きっと、人が好きなのでしょうね。
先日、ある翻訳家の方とお話ししたときに、「アメリカの作家に比べると、イギリスの作家はもって回った文章の人が多く訳しごたえがある」というような事をおっしゃっていましたが、『ロボット・イン・ザ・ガーデン』に関しては非常に素直な文章だな、という印象がありました。割と淡々としているというか。
松原さんは訳していてどんな印象でしたか?
確かにすっと頭に入ってきて、その光景が浮かんでくる素直な文章という印象でした。特に今回はベンの視点から綴られているので、30代半ばの人の日常の飾らない語り口ということも、今回の文体につながったのかなという気がします。
デボラさん、まだ直接お会いしていませんが、やりとりの中からも人柄の良さ、親しみやすさ、あと親日であることも伝わってきます。あと、謝辞を読むと本当に小説家になりたかったんだな、という思いも感じられて、好感を持ってしまいますよね。
本作も、デボラさんの人柄の良さやあったかさがにじみ出ていて、読んでいて心地いい小説となっている気がします。
それがこの作品の素直さとか優しさに繋がっているんですかね。勿論、笑いの部分なんかは、大爆笑ではない、イギリス人らしいちょっとひねった感じもあるんですけど。

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