02 「文化との接点」
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次世代とアートの接点を、どう作り続けるか。小学館の文化事業が仕掛ける3つの戦略

次世代とアートの接点を、どう作り続けるか。小学館の文化事業が仕掛ける3つの戦略
大手出版社の中で唯一、文化事業を専門に行う独立部署を持つ小学館。日本美術や西洋絵画、写真、建築、落語、茶の湯、クラシックなど、さまざまな価値ある文化をコンテンツ化し、提供し続けている。「もっと美術に関わる人を増やし、未来へとつなげていきたい」と語る文化事業局の本多知己に、現在の取り組みを聞いた。

デジタル技術が進化したからこそ、アナログな「本」も進化できる

2018年、これまで出版局にあった文化事業室と、女性誌である『和樂』の編集部が融合し、新たに文化事業局が発足しました。文化を残すだけではなく、新しい接し方を提案する。そんな出版社としての“攻めの姿勢”を体現する取り組みの一つが、見開きで横1メートルにもなるB2サイズの特大写真集シリーズ「SUMO本」です。
本多
これまでも、小学館では「豪華本」と呼ばれる美術書を作ってきましたが、部署として独立後「究極の紙媒体を作ろう」と立ち上がったプロジェクトが、「SUMO本」でした。
第1弾で『東大寺』(撮影・三好和義)、第2弾で『土門拳』がそれぞれ刊行された。このようなビッグブックは、美術界で世界的なトレンドにもなっているという。
第1弾で『東大寺』(撮影・三好和義)、第2弾で『土門拳』がそれぞれ刊行された。このようなビッグブックは、美術界で世界的なトレンドにもなっているという。
本多
今はWebで調べればなんでも出てくる時代ですから、情報を伝えたいだけであれば、わざわざ「本」という形にする必要はないかもしれません。それでも私たちは、そんな時代だからこそ、「本だからできるリアルな体験」を生み出すことに挑戦しました。超巨大な本なら、実物を見たとき以上の体験を生み出せるかもしれない。そんな実験的なチャレンジに踏み出したのが「SUMO本」のプロジェクトなんです。

特にこだわったのは、実物を見るよりも、繊細かつダイナミックにその対象を見せることでした。デジタル技術が進化したことによって、カメラも印刷もかなり精巧なものになり、今まで実現できなかったことがいろいろとできるようになったんです。こだわりにこだわった結果、1冊35万円を超える価格になってしまっているんですが(笑)。デジタル技術が進化したことによって、アナログの本が進化するというのが面白いですよね。世界に誇るべき貴重な文化をありのままの形で「本」という媒体で後世に残していけるというのは本当に意義深いことだと感じますし、この本そのものもアートと呼んでもいい作品に仕上げることができたと思っています。
「上半身がすっぽり隠れるほど大きいから、目の前にすると非常に没入感が得られるんですよね。さらに細部を見れば、素材感や作られた当時の色の残り具合など、きめ細かな質感がとてもリアルで。現場に行っても見られない角度や距離感で、1300年前の仏師の手仕事を間近に感じられることに感動を覚えます」(本多)
「上半身がすっぽり隠れるほど大きいから、目の前にすると非常に没入感が得られるんですよね。さらに細部を見れば、素材感や作られた当時の色の残り具合など、きめ細かな質感がとてもリアルで。現場に行っても見られない角度や距離感で、1300年前の仏師の手仕事を間近に感じられることに感動を覚えます」(本多)
本多
第1弾の『東大寺』では、撮影したカメラマンの三好和義さんも「生涯で一番残る仕事だ」と全身全霊で取り組んでくださいましたし、東大寺さんにも全面的にご協力いただいて、編集者としても、非常に責任を感じる仕事でした。特に大変だったのが、三好さんが大量に撮影してくださった写真からセレクトする作業。膨大な数の写真から300ページに絞るまでに、何日もかかりましたし、写真の並びや見せ方を考えるのも非常に骨が折れました。

その苦労の分、読者の方からの反応がうれしくて。ホテルなどの施設だけでなく、個人でも購入してくださる方が意外と多くて驚きました。その結果、ありがたいことに重版にもなりまして。コロナ禍も影響しているのかもしれませんが、「東大寺に行く代わりに買ってみたら、実際に行くよりも行った気になれた」という声をいただき、確かな手応えを感じました。

世界にはばたく次世代アーティストを支援する。藝大との共同事業

2018年10月、東京藝術大学構内にあったアートプラザがリニューアルされ、藝大と小学館による「藝大アートプラザ」が誕生しました。このプロジェクトもまた、文化事業局が手がけています。アートを発信する場を通して、藝大と共に目指す未来とは。
本多
きっかけはこのプロジェクトを立ち上げた私の先輩が、たまたま訪れた東京藝大の卒業制作展示だったと聞いています。その時、先輩は卒業展示の中で「欲しい!」と思える作品に出会い、本当は売り物ではなかったのですが、無理を承知で作家に声をかけた結果、破格で購入させてもらったそうなんです。何気なく「欲しい!」と思って譲り受けたものでしたが、最高峰の美術教育を受けた方のアート作品を身近に置くという体験が自身にとってすごく刺激的だったらしく。日本人ってどうしてもアート作品となじみが薄くハードルも高い印象があるので、「アート作品を買ったことがある」という人はきっと少ないけれど、もっと触れる機会を作れないか?と考えたのです。
藝大アートプラザ。ここでは、藝大の学生、教職員、卒業生の作品が展示され、購入できる。2学部14学科と大学院に所属するアーティストの作品が並び、学内を超えて、社会に、世界に開かれた、いわば藝大の出島。
藝大アートプラザ。ここでは、藝大の学生、教職員、卒業生の作品が展示され、購入できる。2学部14学科と大学院に所属するアーティストの作品が並び、学内を超えて、社会に、世界に開かれた、いわば藝大の出島。
本多
そんな体験を、当時藝大の学長だった宮田亮平さんに話したところ、若いアーティストがアート活動を続けることの難しさを教えてもらって。実際、藝大を卒業しても、有名なアーティストとして活躍できる人はごく一部。その事実をすごくもったいないと感じ、藝大関係者のアート作品を気軽に販売・購入できる場所をつくるという企画を社内の「ネクスト・ビジネス」の公募に提出。企画が通って、若手アーティストを支援する「藝大アートプラザ」プロジェクトが始まったんです。

この場所では、アート作品の販売はもちろん、幅広いコンテンツを手がける小学館のリソースと藝大のリソースを掛け合わせながら、さまざまな企画展を2カ月に1度のペースで開催しています。今は美術が中心ですが、藝大には音楽学部もありますから、今後は音楽方面の企画もできたらと思っています。これからもアートの発信地として、新しい広がりをつくっていきたいですね。

日本の宝を資料として継承していく。小学館のデジタルアーカイブ事業

文化事業局では「SUMO本」「藝大アートプラザ」と並び、「デジタルアーカイブ事業」にも積極的に取り組んでいます。文化を次の時代に継承していくために、今できることは。
本多
小学館には1981年から10年かけて、法隆寺に納められている全ての文化財を撮影し、全15巻の本『昭和資財帳 法隆寺の至宝』にまとめたという実績があります。当時撮影した2万点以上の写真のフィルムは、全て小学館で保管しているのですが、30年たった今でも、法隆寺の非常に貴重な資料であることには変わりありません。現在「デジタルアーカイブ事業」として取り組んでいることは、この資料のデータ化と整理。かんたんに資料を検索できるデータベースを構築することで、より活用しやすい令和版の資財帳にしようとしています。
「聖徳太子が亡くなって1400年という法隆寺さんの節目と、小学館の100周年という節目が重なり、法隆寺さんと小学館とのこれまでの縁もあって実現しているプロジェクトですが、このデータベース化作業は、まだまだ序章にすぎません」(本多)
「聖徳太子が亡くなって1400年という法隆寺さんの節目と、小学館の100周年という節目が重なり、法隆寺さんと小学館とのこれまでの縁もあって実現しているプロジェクトですが、このデータベース化作業は、まだまだ序章にすぎません」(本多)
本多
今後も、法隆寺以外のさまざまな文化財や美術作品もデータベース化していくことで、一般の人が普段なかなか見ることができない日本の宝の資料も、データベースからかんたんに閲覧できるような未来をつくっていきたいです。そういうふうに気軽に美術作品に触れられる機会をつくっていくことこそが、次世代を育て、文化を継承していくことにつながる。そんな使命感を持って取り組んでいます。

これからの100年に向けて

文化や芸術を未来へつなげていくため、小学館として、個人として挑戦したいことを最後に聞きました。
本多
これまでお話しした3つのプロジェクトは、3つともこれからの100年を見据えたものです。未来を生きる次世代の人々に、どのように文化や芸術との接点をつくっていくか。テクノロジーの力を活用しつつ、実感を伴う体験をつくっていくことで、日本の宝である文化や美術が埋もれていかない流れをつくりたいと思っています。

そして、同時にビジネスとしても成功させていかなければなりませんから、社会的な意義のあるプロジェクトを推進しながらも、デジタルアーカイブ事業などを通してきちんと利益を生み出し、この小学館の文化事業のさまざまな取り組み自体をサステナブルにしていきたいですね。
「僕個人としては、『SUMO本』の魅力をもっと多くの人に伝えていきたいです。文化財だけじゃなく、例えば人物の写真集をこのサイズで作ったり…。さまざまな方面に広げていくことで、ますます紙の本の体験が面白くなっていくと信じています」(本多)
「僕個人としては、『SUMO本』の魅力をもっと多くの人に伝えていきたいです。文化財だけじゃなく、例えば人物の写真集をこのサイズで作ったり…。さまざまな方面に広げていくことで、ますます紙の本の体験が面白くなっていくと信じています」(本多)
本多 知己
文化事業局 和樂・書籍編集室