05 「本の読み方」
を0から考えよう。
「本の読み方」を0から考えよう。

アクセシビリティの拡充を起点に、新しい「本の楽しみ方」をつくっていく

アクセシビリティの拡充を起点に、新しい「本の楽しみ方」をつくっていく
障害のある方をはじめ、すべての人が本を楽しめる世界を実現する――小学館では、そんな誰一人取り残さない“アクセシブル”な取り組みを通して、より幅広い層にコンテンツを届ける活動を続けている。その実情について、コンテンツのアクセシブル対応を推進する木村匡志(写真右)と、オーディオブック制作に携わる阿部賢太郎(写真左)に話を聞いた。

読書が困難な人は、私たちが想像する以上にたくさんいる

2016年、「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(障害者差別解消法)」が、2019年には読書困難者のために「視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する法律(読書バリアフリー法)」がそれぞれ施行されました。小学館でもこれを受け、すべての人が読書を通じて文字・活字文化の恵みを受けられる社会を目指し、これまで以上に活発な取り組みをしています。
木村
「本を読めない」と聞くと、視力や視野、色覚などに障害がある視覚障害の方をイメージするかもしれませんが、実はそのような方々だけに限りません。視覚に問題はなくても、学習障害などでうまく文字情報を読み取れない方もいれば、四肢障害があって物理的に本を持ったりめくったりすることができない方、移動ができず書店や図書館まで行けない方もいます。身体障害者の数は約436万人で、うち障害者手帳を発行されている視覚障害者はおよそ31万人。さらに障害と認定されていないけれど、うまく見えない、読めない人、加齢によって見えなくなっていく人といった潜在的な読書困難者を含めればその数は百数十万人にのぼるともいわれています。
小学館では、1983年から視覚障害を持つ子どもたちがさわって楽しめる点字学習絵本『テルミ』を隔月刊行している。
小学館では、1983年から視覚障害を持つ子どもたちがさわって楽しめる点字学習絵本『テルミ』を隔月刊行している。
木村
そんな方々が読書をもっと自由に楽しめるように、小学館ではデジタルとアナログ、2つの側面からさまざまなアプローチをしています。アナログなアプローチには、『テルミ』に代表されるような点字にしてさわれるようにした本や絵本、小さな文字が読みにくい方のための大活字版などがありますね。ただ、アナログのアプローチには、「紙」という媒体ゆえの物理的な制約が多く、それだけではすべての方への対応が難しいのも現実です。

そこで、出版物をよりアクセシブルなものにしていくため、今はデジタルを活用した取り組みに力を注いでいます。その方法は、大きく分けて2つあります。1つめは電子書籍にすること。電子書籍には、「文字の拡大」や「色の反転」、「行のハイライト」といったアクセシビリティの観点から重要な機能が備わっていて、音声合成による自動読み上げにも対応しています。従来の本は読めない、読みにくいと感じていた人も、読みやすいように自分で紙面の見た目をカスタマイズしたり、「読む」か「聞く」かを選んだりすることができるわけです。特に、文字中心の書籍だとその効果は大きいですね。

2つめは音声化すること。本に書かれている内容をプロのナレーターが朗読し、オーディオブックという音声コンテンツの形にする、というものです。小学館では、現在オーディオブック制作に力を入れていて、阿部さんをはじめとするコンテンツ営業室のメンバーが取り組んでいます。
「障害がある方は、自動音声読み上げ機能を利用することも。しかしそれも十分ではありません」(木村)
「障害がある方は、自動音声読み上げ機能を利用することも。しかしそれも十分ではありません」(木村)

「オーディオブック」が持つ可能性

2018年から本格的にスタートした小学館のオーディオブック制作。2021年12月末には作品数は約400まで増え、数年以内に1000以上の作品数にすることを当面の目標としています。アクセシブルであることはもちろん、コンテンツ自体の可能性の拡張をもたらすオーディオブックで目指すこととは?
阿部
現在私たちの部署では、過去の話題作から最新作まで幅広い作品の中から音声化のニーズが高そうな作品を選定し、オーディオブック化を進めています。ジャンルは、小説はもちろん、児童書、ビジネス書などさまざま。2019年からは、声優事務所と協業し、「ガガガ文庫」のライトノベル作品を毎月配信するなど、さまざまな挑戦をはじめています。

オーディオブックの制作期間は、著者に許諾をいただいてから配信に至るまで、1冊あたり通常3ヶ月ほどかかるんです。著者への許諾確認をはじめ、ナレーターの選定や読み方の確認など、さまざまなポイントに気を配る必要がありますが、その分、特に小説などに関しては、声による表現も重視しているため、紙の本とは違って、音声から漂う情緒まで楽しめると思います。アクセシブルな取り組みの1つではありますが、どんな方にも楽しんでもらえるコンテンツにはしていきたいですから。
「このライトノベルがすごい!2022」(宝島社)文庫部門で第1位を獲得したガガガ文庫の『千歳くんはラムネ瓶のなか』も、オーディオブックとして配信されている。
阿部
オーディオブックは年々広まりつつありますが、これからさらなる成長が期待されている分野です。最近はオーディオファーストで、オーディオブックを最初に発売し、その後に紙の本や電子書籍を発売するというユニークな動きも出てきていますから、今後は編集部、作家さんと一緒に、オーディオファーストでのコンテンツ展開にも挑戦してみたいですね。「オーディオブックとして人気のあのコンテンツが、ついに紙の本にもなりました!」というような順番があってもいい。そういった新しい事例づくりにも果敢に挑戦していくことで、オーディオブックの認知拡大にもつながり、結果、多くの方が1つの作品を、オーディオブックを含むいろいろな形で楽しんでいただけるようになると考えています。
「オーディオブックは10時間を超える作品もあり、熱心に聴いてくださるユーザーも多く、いただいたご指摘やご意見は制作に活かしています」(阿部)
「オーディオブックは10時間を超える作品もあり、熱心に聴いてくださるユーザーも多く、いただいたご指摘やご意見は制作に活かしています」(阿部)

最適な読書方法を、誰もが選べる時代へ

より多くの人が読書を楽しめる、アクセシブルな世の中に変えていくためには、より効果的な方法で継続的に世の中に働きかけていく必要があります。そのために今、必要なこととは?
木村
まずは、アクセシビリティの必要性について、より多くの方に知ってもらうことが重要だと考えています。障害当事者の方々に十分な情報を届けられていないことも問題です。実際にヒアリングをすると、「読みたい本があるけれど、それが電子書籍で出ているか、オーディオブック版が出ているかわからない」と、そもそも情報がまとまっていない、アクセスできないというご意見をいただくことがあります。残念ながら今は、出版社のWebサイトに行っても、欲しい本がどのような形態で売られているかすぐわかるようにはなっていません。オンライン書店も同様です。そうした情報を必要とする方々に届けるためには、社内だけでなく業界全体でインフラの整備を進めていく必要があると考えています。
阿部
わかります。オーディオブックを制作する立場としても、紙で読みたい方、電子版で読みたい方、そしてオーディオで聴きたい方に対して、紙版、電子版とほぼ同じタイミングでコンテンツを届けたいという思いがあります。そうすることで、ユーザーがその時一番求める形でコンテンツを提供していけますし、結果的にアクセシブルになっていきますからね。
木村
そのためにも、業界全体でデータフォーマットを統一したり、アクセシブルなバージョンに関する情報を取り扱う場を集約したりすることが望ましいでしょう。障害の有無にかかわらず、どんな方も簡単に情報にアクセスできるようになれば、今までよりさらに広くコンテンツを届けることができます。その結果、誰も取り残さない社会になっていくものと信じています。

これからの100年に向けて

アクセシビリティーを中心としたこれからの小学館の取り組みについて、2人が感じている可能性はどこにあるのか?
阿部
私は「小学館なら、出版物の良さを若い人に伝えていける」という思いで入社したのですが、今の部署でオーディオブックを担当するようになってから「本を新しい形で楽しんでいただく方法」を知り、視野が大きく広がったと感じています。本を読めない方はもちろん、紙の本を読むのは面倒だと感じる方も、耳からなら気軽に本を楽しむことができます。オーディオブックに限らずですが、小学館の100年分のコンテンツや編集ノウハウを活用して、新しいビジネスにチャレンジできるところに、やりがいを感じています。
木村
僕は本をつくることが好きで、長く編集の部署にいましたが、紙の本をつくってそれを届けるだけでは、コンテンツをより広く届けるという意味では限界があるかもしれないとも感じるようになっていました。紙の本へのこだわりを捨て、今の部署に異動させてもらったんですが、そこではじめて、本づくりとは「読む人にコンテンツを届けるために本をつくること」だという先入観が取り払われ、「読めない人に向けてもコンテンツを届けるために、どうすればいいか」と、視野を広げて考えられるようになりました。課題だらけではありますが、やりがいを感じています。
「小学館は今、これまで届かなかった人に本の魅力を届けようとしている。そんな大きな流れに参加できていることをうれしく思います」(木村)
「小学館は今、これまで届かなかった人に本の魅力を届けようとしている。そんな大きな流れに参加できていることをうれしく思います」(木村)
木村 匡志
デジタル事業局 アクセシブル・ブックス推進室
阿部 賢太郎
デジタル事業局 コンテンツ営業室